インセクト・1...青梅と二匹の幼虫「スッパッ」



W94㎜・H74㎜・D20㎜ 材.ブナ

W94.5㎜・H75.5㎜・D20㎜ 材.ブナ

W94.5㎜・H75.5㎜・D20㎜ 材.ブナ

W190㎜・H149㎜・D20㎜ 材.ブナ

W112㎜・H86㎜・D19㎜ レストランで食事中に蝿を発見。

W111㎜・H85.5㎜・D19㎜ 材.ブナ

W112㎜・H84㎜・D19㎜ 材ブナ

W111㎜・H84.5㎜・D19㎜ 材.ブナ カメレオンも働くレストランでした。

W224㎜・H170㎜・D19㎜ 材.ブナ

W110㎜・H75㎜・D20.5㎜ 材、ブナ

W95㎜・H57㎜・D69㎜ 材、テグス、紙粘土にアクリルで彩色

W100㎜・H50.5㎜・D50㎜ 材、テグス、紙粘土とアガチス材にアクリルで彩色

W126㎜・H75㎜・D20㎜ 材、ブナ

W123㎜・H75㎜・D20㎜ 材、ブナ 「毎日毎日が退屈で・・・ァ・ァ・ァ、ならねぇ」

W125㎜・H74㎜・D20㎜ 材、ブナ つられて欠伸をした女の子を見たライオン「ゲッ、タスマニアデビルみたいな歯をしてる!」

W124㎜・H74㎜・D20㎜ 材、ブナ 「おお・・・コワッ!」

W250㎜・H149㎜・D20㎜ 材、ブナ
W126㎜・H117㎜・D19㎜ 材、ブナ
昔、大阪万博見物で大阪の堺にいる姉の家へ初めて行ったとき、このクマゼミという物体に遭遇。その鳴き声?は関東で聞き慣れたアブラゼミの比ではなく、関東生まれで良かったと思ったほどでした。が、生息域をじわじわ北上とのこと。関西芸人につづいてクマも・・・ですか。

W130㎜・H34㎜・D16㎜ 材、黒檀 Armadillo(アルマジロ)...o...O・・・?

W98㎜・H130㎜・D25㎜ 材、黒檀 Openbill stork(スキハシコウ)コウノトリの仲間。...k...?

W69㎜・H39㎜・D15㎜ 材、黒檀 Kingfisher(カワセミ)...r...?

W60㎜・H65㎜・D15㎜ Rabbit(ウサギ)...t...T?
W91㎜・H38㎜・D15㎜ 材、黒檀 Tortlse(カメ)...e...T?

W126㎜・H38㎜・D15㎜ 材、黒檀 Ermine(オコジョ)イタチのなかま。オコジョにしてはちょっと尾が太すぎました。

W105㎜・H121㎜・D29㎜ 材、黒檀とカリン。Eastern reef heron(クロサギ)...n...?

W83㎜・H35㎜・D15㎜ 材、黒檀 Nuthatch(ゴジュウカラ)五十雀とも...h・・・H?

W177㎜・H80㎜・D24㎜ 材、紫檀 Hippopotamus(カバ)...s...S?

W224㎜・H89㎜・D24㎜ 材、紫檀 Sea otter(ラッコ)...r...R?

W124㎜・H37㎜・D14㎜ 材、黒檀 Racoon(アライグマ)...n...N?

W84㎜・H38㎜・D14㎜ 材、黒檀 Nightingale(ナイチンゲール)サヨナキドリとも。スズメをひと廻り大きくしたヒタキ科の鳥。次のEから始まる7つ目の動物は猛禽類のサシバです。

W91㎜・H83㎜・D17㎜ 材、黒檀 Eastern buzzard(サシバ)鷲鷹類の中型の鳥。

W117㎜・H38㎜・D17㎜ 材、黒檀 Dusky thrush(ツグミ)秋にシベリアから渡ってくるスズメ目ヒタキ科の鳥。しりとりシリーズのトリも鳥から始まります。

W60㎜・H56㎜・D17㎜ 材、紫檀 Homed owl(ミミズク)...l...L? ペーパーナイフはミミズクの右側に、刃先を上に向けて収めてあります。また、左側には次に変身する動物の足が入っています。

W89㎜・H56㎜・D17㎜ 材、紫檀 Lesser panda(レッサーパンダ)しりとりはpandaのaで終わりました。この作品は変身過程がわかるように4つずつ並べて縦8段の棚に置き、子供二人を棚の柱に見立て、しりとりとりをしている形にして第16回ハンズ大賞に応募したものです。

「ヘイ、マスター。ワインを一杯ちょうだい」

「ちょと、いつふく(ちょっと、一服)」落語「明烏」の後日談。ウブな若旦那が、

W155㎜・H170㎜・D19.5㎜ 材、ブナ。元々がインドア派という事もありますが、子供時代に見て以来、現在まで出会うチャンスはあったものの、こういったスリムな蜻蛉を見た記憶がありません。

W212㎜・H147㎜・D20㎜ 材、ブナ。「おっと、どっこい」 というタイトルにしようか迷ったのですが、年齢と感覚がバレてしまいますね。

W83㎜・H128㎜・D63㎜ 工具箱の隅にあったワインのコルクやら、何に使っていたのか不思議で面白いフォルムの(モノ)を寄せ集めて作った名無しの鳥。二十数年前までバリバリのヘビースモーカーだった頃のたばこのヤニが染みついていて、かれこれ40年の付き合いです。

小さな水たまりを見つけ、急いでノドの渇きを癒そうとしたら、これが鏡の欠けら。突き出した口の先から痛みが全身に走って・・・という、人間界の粗忽者が昆虫界にもお仲間はいるのではないかという発想から出来た作品デス。

W76㎜・H96㎜・D20㎜ 材、ブナ。

W73㎜・H95㎜・D20㎜ 材、ブナ。こういった作品を作った当初は、締め切りに迫られて出来たもので、意味合いなど振り返って考えもしませんでした。が、改めて見返すと思い当たるフシが・・・。

W77㎜・H96㎜・D19㎜ 材、ブナ。昆虫シリーズを作っていたこの当時、生活環境や自分の殻まですべて壊して、再生したいという思いが強くあったようです。

W89㎜・H96㎜・D20㎜ 材、ブナ。で、結局、生来の怠け者の本領を発揮してシマイマシタトサ。

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材、紙粘土とアガチスにアクリルで彩色。サイズは不明です。

ゴルフ・カートのレジャー施設版フットワーク・カーです。球体は発泡スチロールで、椅子の足は木材。それ以外は紙粘土とアクリル絵の具です。フットワーク・カーの広告用に製作したもの。
上の絵は立体作品を作る為の覚え描きのようなものです。
アイデアに詰まったときなどに、こういった設計図を筆の赴くまま描き貯めていたのが見つかりました。
このままでは立体は不可能ですが、麻痺のリハビリも兼ねていずれ形にしたいと思っています。
ところで、唐突に話題が変わります。
今月21日に落語家の立川談志さんが亡くなったニュースを23日の夕刊で知りました。
当日はリハビリ仲間のお年寄りの一人が突然身罷った事を耳にして、喪失感一杯の帰宅直後のことだったので、特に談志ファンでもないけれど落語好きの一人としてこのダブルパンチには参ってしまいました。
以前、教科書を主に出している教育出版(株)から、落語通信として落語好きの編集者、作家、イラストレーターなど友人知人に送っていた落語解説(のようなもの)を送っていた編集者の一人に教育出版の編集者もいて、一冊の本として残して貰えることになった時のことです。
いよいよ『競作かわら版 落語と江戸風俗』というタイトルで出版の目途がたち、なかで採り上げた落語家の一人に談志さんもいて、出版の許可を貰うため、共著の童画家と出版編集者三人で指定された浅草ゴロゴロ会館の楽屋に会いに行ったことがありました。
出版が2003年ですから、実際に会ったのは今から11か12年前 だったと思います。
当時まだ談志門下だった快楽亭ブラックの独演会に談志さんが助で出ているので、その合間にとのことで、三人ともガチガチに堅くなっていたのを覚えています。
出版するにあたって担当の編集者が、私が描いたオススメの噺家紹介の30数人にコンタクトを取ってもらったところ、談志さん一人を除いて全て電話で快諾してもらったと伺っていました。
編集者と挨拶に出向くにあたって、何か手土産をと、当人サイドの窓口の人から注文があったと聞き、談志さんへは何を持って行けばスムーズに用件が済むか考えましたね。
で、困ったときの大船が有り難いことに私の近くに居ました。いや、今も居てくれています。
で、早速某動物園協会編集部に当時在籍していた敬愛する女性、黒田恭子さんに相談したところ、談志さんはある外国メーカーの野菜ジュースがえらくお好みということで、当日一時間ほど前に銀座の、そこにしか売っていないという店も教えて貰って買っていきましたよ。
水モノでしたからかなりの重量で、重い荷物は苦になりませんでしたが、指の関節が痛かったのがいい思い出として残っています。
編集者と共著の童画家とは指定された日時の30分ほど前に、浅草ゴロゴロ会館前で待ち合わせして、受付でチケットを買って入ると、ブラック独演会もぎり(?)カウンター付近で、黒門付姿の外人と小学生の男の子がじゃれ合っていて、たぶんそれがブラック親子だったと思います。
時間がまだあるのでとりあえず客席に行こうということになり、二階はすでに満席で、三階テラスの狭い客席に腰を下ろしても、心は心ここにあらずの心境でしたね。
開口一番は記憶違いかも知れませんが談志さんの「堪忍袋」。
薄い壁一枚隔てた粗末な仕切りの長屋で喧嘩が絶えない夫婦のところへ大家が仲裁に入り、それでは堪忍袋を縫って袋の中に日頃の鬱憤をはき出せば、少しは気が休まるからと知恵を出す。この評判を聞きつけた近所の住人がひっきりなしに借りに来て、堪忍袋は満杯になって破けてしまう。
この噺のサゲで会場の音が割れた音響に加えて、お弟子さんたちが吹き込んだやる気のない悪態の粗末なテープが流されて一挙に興ざめでした。
談志さんが退席すると、編集者にそくされて楽屋へ、まさにトラの穴に向かう心境でしたョ。
廊下左の思っていたより広い六畳ほどの日本間に通され、目の隅に隣四畳半ほどの日本間に数人の男性が座っていて、その中に志の輔さんの顔を記憶しています。
で、大きな座卓を前にして中央に家元談志さんが座っていたんですね。
初対面の決まり切った挨拶の後、名刺交換と出版の許可を貰いに来た旨を編集者が説明すると、意外とあっさり許可が下り、自分で蒔いた種がこれで無事発芽するか、期待と安心がジワジワ一緒にきましたね。
ここでガチガチに固まった三人の前にお茶が出され、目の前の家元にそくされて茶を一口飲んだ途端、腹が落ち着いたのが分かり周りを見る余裕が出て、さっきから家元の周りでうろうろ動き回っているのがブラック師匠の息子と、私が今まで出会ったことがない不思議な雰囲気の中年男性が一人、不作法にも立って我々の横で見下ろしていたのが印象的でした。
ここでの詳しい会話は、聞き取りづらいボソボソした談志さんの小声で突然始まった「へっつい幽霊」で、全て他の雑談内容は消し飛んでしまいました。
まさかここで?道具屋夫婦の会話を、裏の長屋の厠の中で聞きつけた渡世人の熊五郎の登場から聞けるは!・・・。
残念ながら、かすかに聞き取れる程度の聞きづらい小声だったので、どこまで噺を続けたのか、どの段階で楽屋を辞したのか、あのときのおぼろな「へっつい幽霊」だけが耳に残って他ははっきり覚えていないんですね。
虎の尾を踏まなかった安堵感で、ブラックの落語を聴いて行くという二人を残して浅草駅へ、これでようやく出版してもらえるという歓びで一杯でした。
後になって「へっつい幽霊」をサシで聞けた幸運を同席した二人に感想を聞いたところ、何を話していたのか緊張とボソボソした声で分からなかったそうです。
当時、東京落語会のチケットをまわしてくれた電通の社員で、私と同郷の談志ファンに出版の許可を貰いに家元に会うことになったことを言うと、滅多にない幸運だからとさかんに言われ、何が幸運なものかと反発したもんです。
今は話題に上りませんが、バブル絶頂期に、一風変わったうるさ型の蕎麦屋の店主が評判を呼んだことがありました。
この評判を聞いて食いに行ったたグルメの知人の試食記録を年賀状で貰ったことがあります。
こだわりの手打ち蕎麦屋という店に入って出てきた蕎麦に箸を付けた途端、最初の蕎麦は汁をつけないで食うのが通だ!とか、どこそこの老舗蕎麦屋は二流だのセコだのと、自分の打った蕎麦のいかに上等かをまくし立てる評判の店があったとのこと。
こんな講釈を聞きながらだと旨い蕎麦も味もあったもんじゃありません。
自分の貴重な時間を潰してわざわざ出向いて自腹切って、店主の五月蠅い自慢たらたらの講釈なんざ効きたくないもの。という姿勢は蕎麦も落語も同じと、未だに落語を聞く姿勢は変わりません。
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