メイン

05) カーツーン アーカイブ

2008年10月08日

嫌煙家

 

頑固親父




ゲームより面白い




マラソンの飛び入り




2008年10月19日

地震かな?




2008年11月03日

雪女







日本式オリジナリティ




几帳面




2008年11月16日

ワインバー




2008年11月24日

強気と弱気




2008年11月29日

いつでもどこでもエンジニア




2008年12月14日

ミステリー・ゾーンのアホードリ

2008年12月23日

職業技術




2009年01月04日

15・発想の違い




2009年01月11日

16・奇妙な道路標識...1




2009年01月25日

17・ペット自慢




2009年02月08日

18・お疲れ迷路9時から5時まで




2009年02月22日

19・悲しき習性




2009年03月08日

20・また客が来た


2009年03月22日

21・奇妙な道路標識...2


2009年04月12日

22・究極の釣りマニア


2009年04月26日

23・へい、お待ち!


2009年05月17日

24・豪華な不運


2009年05月31日

25・それぞれの興味津々


2009年06月16日

26・男と女の思惑


2009年06月28日

27・一枚上手

1986年「Beruf」2月号に発表の一枚。ラッキー[146]の人型ロボットから16年前ですから、隔世の感があります。そのうち失敗を繰り返して、始末書を書かされるロボットが出来たりして。

 

2009年07月12日

28・ジョギング中毒の理想的環境


2009年07月26日

29・何処かで誰かが・・・


2009年08月09日

30・一寸先は・・・


2009年08月30日

31・恋するカメレオン


2009年09月22日

32・豪華客船彗星ツアーの苦しい立場


続きを読む "32・豪華客船彗星ツアーの苦しい立場" »

2009年10月04日

33・計算できなかった確率


2009年10月18日

34・天才はへこたれず



2009年11月02日

35・アリとシャク


2009年11月15日

36・油断


2009年11月16日

〔37〕ナンセンス・ゴルフ...1




若干二十歳前後の若者たちの台頭で、ゴルフブームが再燃しているようです。

続きを読む "〔37〕ナンセンス・ゴルフ...1" »

2009年11月17日

〔38〕ナンセンス・ゴルフ...2




巻き舌で怒る親熊の図。随分とツバキが飛び散っています。

2009年11月18日

〔39〕ナンセンス・ゴルフ...3




目線

2009年11月19日

〔40〕ナンセンス・ゴルフ...4




夜明け前のライバル

2009年11月20日

〔41〕ナンセンス・ゴルフ...5





ゴルフ依存症

2009年11月21日

〔42〕ナンセンス・ゴルフ...6





風力本願でカップ・イン

2009年11月29日

43・サンデーペインター

2009年11月30日

44 ナンセンス・ゴルフ...7




紅葉と抜け毛の秋

2009年12月01日

45 ナンセンス・ゴルフ...8




瞬間湯沸かし器、沸騰中にカップイン

2009年12月02日

46 ナンセンス・ゴルフ...9


2009年12月04日

47 ナンセンス・ゴルフ...10




泥棒カラス

48 ナンセンス・ゴルフ...11




2009年12月05日

49 ナンセンス・ゴルフ...12




すまじきものは・・・

2009年12月13日

50 ナンセンス・ゴルフ...13




バードマン

2009年12月27日

51 大きなごちそう


2010年01月17日

52 ナンセンスゴルフ...14


2010年01月24日

53 ナンセンスゴルフ...15


2010年01月31日

54 ナンセンス・ゴルフ...16


2010年03月13日

55・蚊にご用心




2010年03月20日

55・ナンセンス・ゴルフ...17


2011年01月02日

2011年年賀状

2011nenga.jpg
今年の年賀状は新年にずれ込んでの印刷でした。大病してからは、時間はたっぷりあるからと焦らなくなってしまいました。いけませんねぇ。

2011年07月06日

(57)水浴び


mizuabi.jpg
フリーランス初期の頃の業界紙に発表していた作品です。当時は色鉛筆で彩色していました。

2011年07月26日

(58)また計算が違った・1

canonc1.jpg
フリーランス第1号作品。1978年3月の企業広告イラストからの出発でした。

2011年08月15日

(59)また計算が違った・2

keisan2.jpg

2011年08月26日

(60)また計算が違った・3

keisan3.jpg

2011年09月15日

マッドゴルファー・・・1

madg1.jpg
色鉛筆時代の企業広告カーツーンです。これが印刷物になったんですから、懐の深いのんびりした良い時代だったんですねー、昔は。

2011年09月16日

(60)また計算が違った・4

keisan4.jpg

2011年10月10日

(61)また計算が違った・5

keisan5.jpg

マッドゴルファー・・・2

golfmania.jpg

2011年11月21日

(62) ワインディング・ロード

drive1.jpg

大病をすると自分の歩んできた原点に戻ると聞きました。

単細胞の私は疑いもせずそんな気になってきたので、習作時代の絵に少し手を加えて今日から私も再出発。

2011年11月22日

(63) 彫刻家

sculp.jpg

むかし昔、孤島マンガばかり描いていた頃の作品のひとつです。

孤島マンガの怖いところは、作品数がベラボウに多いことから盗作呼ばわりされること。

私も若い頃に自称ベテラン編集者に、盗作呼ばわりされ悔しい思いをした経験があります。

こんな輩は無視するに限ります。

一枚マンガはそれぞれ思い入れが深いので、短いコメントを入れていきます。

2011年11月23日

(63) 征服

conqu.jpg

何を描くか、テーマを決めずに筆任せで仕上がった色鉛筆時代の一点。

コマごとに配色を決めかねていた試作が残っていたので、その修復作業に半日かかってしまいました。

2011年11月24日

(64) 野鳥を捕まえるクラシカルな方法

don1.jpg

某大手出版社の月刊通信添削誌で、穴埋めスペースが横長だった時のマンガ。

程なくして、主人公の少年は他の媒体でも柴犬と一緒の生活で活躍(?)してもらいました。

2011年12月07日

(63) 行きつ戻りつ

updoun1.jpg

現在の私の状態を端的に表していた習作時代の絵がありました。調子が良くなってきたと思っていたら、急激に後戻り。夏場に良くなりかけて来たなと思っていても、冬が来てまた退院したときのような・・・・。季節ごとダイレクトに症状が変化し、一日の時間の移り変わりにも同じように調子が変わります。良くなったり悪くなったり、行きつ戻りつなんですね。こんな自分の症状を不謹慎にもどこかで楽しんでいる自分もいて、ビックリシます。そのうちいくらかは治るでしょ。

2011年12月09日

(64) けつまずく

ohhh.jpg 1997年まで彩色は色鉛筆を主に使っていました。この頃の前後から画材がカラーインクに替わっていきました。色鉛筆で彩色するってのは結構体力勝負だったので、画材を替えていったんですね。ズルイなぁ。

 

2011年12月11日

(65) 安楽死

marcykill.jpg

私の職業の出発点はブラック・ユーモアの一枚マンガでした。

世の中が今のように多様化してくると、すべてブラック・ユーモアに囲まれているようなもので、生活して行けるハズもなく考えを変えなければ生きていけません。

それでも40年ほど前までは世の中に余裕があったのか、ブラック・ユーモア全盛といえないまでも結構目にしました。

生活出来ないと分かっていても一枚マンガからは離れる事が出来ず、暇が出来て気が向いた時はごくたまに孤島マンガを描いていました。そのうちの一枚が上の絵です。

フリーランスの出だしに、幸運にも小説月刊誌で初めて連載を貰ったとき、最初の一歩がブラック・ユーモアの一枚マンガ、『拒否する孤島』でした。

言葉の遊びで孤島に行く時に、何かひとつだけ孤島に持っていってもいいと言われたら、あなたなら何を持って行きますか?と、話題が振られたら私は躊躇なく(鉈)か(手斧)と答えます。

欲をいうと、ボゥイーナイフのような鉈が。

百科事典?・・・とんでもない!一枚マンガのアイデアの出だしには役に立つかもしれませんが、二ヶ月しないうちに餓死かも知れません。

2011年12月13日

(66) 謎の釣り

boss1.jpg
こういった軽めのマンガはタイトルなんか付けない方がいいんですが・・・。

(67)粗忽者

boss2.jpg

私の甥の一人が小学生低学年だった頃、登校中に富士山が見事だったので見とれて電柱にぶつかったというエピソードを持っています。間違いなく私の甥だ!と思いましたね。

2011年12月21日

(68) レッツ・ゴー・ドン〈1〉

don1.jpg

日刊ではありませんでしたが、初めての新聞連載マンガです。掲載は通常の新聞マンガと同じ縦組みでした。

冠婚葬祭タイムス19号の、昭和58年5月から約二年間にわたって発表。我が家で最初に飼った柴犬ケンゴをモデルに活躍してもらいました。

2011年12月22日

(69) 一方通行

ippou.jpg

毎年、年末になると有名人の訃報記事がイヤでも目に飛び込んできます。

昨日も映画の森田芳光監督が61歳で彼岸に行ったニュースが。まだご当人としてはやり残している事があったように伝えられています。

一方通行の道を急いで行った訳ではないでしょうが、自分の中にある全部を出し切って旅立てれば、幸せでしょうね。・・・・・運が良ければの話ですが・・・。

還暦過ぎて自分の足下を見るに、残りの時間と思うか、これからの時間と考えるかは、自分次第で変わる!と、ものの本にあります。・・・・理屈では分かりますが・・・、ま、難しく考えないで、これからの時間の方で私は行きたいと思とります。

2011年12月24日

(67) レッツ・ゴー・ドン〈2〉

don2.jpg

この新聞マンガの設定は、愛犬と一緒の生活に憧れていた頃でしたので、すんなりと決まりました。

 

続きを読む "(67) レッツ・ゴー・ドン〈2〉" »

2011年12月26日

(68) レッツ・ゴー・ドン〈3〉

don1226.jpg

本格的な寒波到来の今日は、犬の散歩にも最適の天気となりました。

私も愛犬と散歩が出来ていれば着脹れのこんな格好で、カミさんの「私も笑われるじゃないのッ」という声を背に田んぼ道に向かったでしょうね。

2011年12月30日

(69) レッツ・ゴー・ドン〈4〉

don1230.jpg

2012年01月04日

(70) レッツ・ゴー・ドン〈5〉

don0102.jpg

新年おめでとうございます。

今年は例年より仕事始めが早く始まると聞きました。

年頭に当たって例年と同じく無理せず自然体で病後の体や仕事に、そして趣味に向き合っていくつもりです。

本年も宜しくお願いいたします。

2012年01月05日

(71) 拒否する孤島・・・1

s.island1.jpg

長女が生まれたばかりで、証券会社でアルバイト生活の頃の、投稿作品第一号です

実質ここからが出発でした。

20数点描いたんですが、掲載は月を跨いで3点のみ。月刊小説宝石でした。

本当に運が良かったとのと、心底ホッとしました。

2012年01月06日

(72) 拒否する孤島・・・2

sisland2.jpg

現在の証券会社は、モニタで株の流れが瞬時に分かりますが、以前の証券会社でのアルバイトに、ラジオから流れてくる午前と午後の株式市況を直接黒板に書き留めていく仕事がありました。

600以上ある一部上場企業の銘柄が付いている黒板は、約6ー7メートル幅で高さ1メートル弱の台の上にあり、チョークで株価の上下を瞬時に修正していかなければならず、午前と午後たっぷり二時間縦横に動く体力と、技術が必要でした。

素早い動きなど縁遠い運動神経皆無の自分でも、崖っぷち生活だからこそ出来たんでしょうね。

2012年01月11日

(73) 拒否する孤島・・・3

sisland3.jpg

子供が生まれては、いつまでも夢を追ってはいられません。

覚悟を決めて水道橋にある工業系の小さなデザイン会社に就職することになりました。

続きを読む "(73) 拒否する孤島・・・3" »

2012年01月12日

(74)  狐と狸

foxrac.jpg

投稿作品の掲載の通知と一緒に、連載の電話を月刊小説宝石編集部から頂いてから描いた第一作目の作品です。

毎月1ページですが大変な幸運が舞い込んできたものです。

この日からアルバイトと一枚漫画家の二足のわらじ生活が始まりました。

1970年代半ばの頃です。

2012年01月14日

(75) レッツ・ゴー・ドン〈6〉

don0116.jpg

2012年01月16日

(76)  受難の世代・・・1

compelst.jpg

(77)  受難の世代・・・2

wallpep.jpg

2012年01月18日

(78)  受難の世代・・・3

gener3.jpg

(79)  受難の世代・・・4

gener4.jpg

(80)受難の世代・・・5

gener5.jpg

2012年01月21日

(81) レッツ・ゴー・ドン〈7〉

don0123.jpg

2012年01月26日

(82) 鬱憤

jrizen.jpg

2012年01月27日

(83)  受難の世代・・・5

sinyakitaku.jpg

毎月3ー4点描いたものを、編集部の方でセレクトして月一点掲載。この頃は本郷三丁目駅近くの小さなデザイン会社に通勤していたので、こういった環境から出たアイデアが多かったんですね。

2012年01月28日

(84)  アイデア商品

kannin.jpg

(前回の続き)小さな(社員3人の)工業系デザイン会社で二ヶ月も過ぎた頃(だったか)、突然カミさんから仕事中の私に電話がきて、ハクホウドウという所から電話があって、連絡して欲しい旨の緊急連絡でした。

折り返し電話を入れると、私の漫画を企業広告で使いたいとのことで、願ってもない話でした。

当時の私は社会人として勿論半人前で、企業広告など知識ゼロでしたので何の知識もなく、ハクホウドウの名前は何処ぞの老舗和菓子屋か漢方の店かと勘違いしたくらいでした。

2012年01月29日

(85)  企業広告の一枚漫画・・・1

calcu1.jpg

(続き)月刊小説誌で連載でも、一枚漫画では依然食べていける見通しは立ちません。

そのための会社員生活でしたが、ある日突然、企業広告と組ませてもらえる幸運が(奇跡ですね)掴めたようでした。

その第一歩は1978年3月号の日経エレクトロニクス誌からの始まりでした。

2012年01月30日

(86)  後悔

eat1.jpg

今までの一枚漫画から、1978年の春からの連載(この作品から)は徐々に肩の力が抜けた作品になってきたように思えます。

(続き)一枚漫画で生き残りの道が見つかった幸運のバランスを取るかのような難題が持ち上がりました。

正社員のアルバイトは認めないが、するなら副収入の50%を会社に入れなさいと訳の分からないことを言う社長に、在籍か退職の二者択一を迫られてしまいました。

2012年01月31日

(87)  企業広告の一枚漫画・・・2

calcu2.jpg

(続き)まだ半人前の社員に、会社側では給料を投資している期間にアルバイトなんざトンデモネェ!ってのが当たり前の判断です。

常識では理解できても現実は乳飲み子のミルク代・生活費雑費税金等々ぎりぎりの貧乏生活。「これ以上の年貢はご勘弁くだせぇ、お代官様ァ」と私。カミさんは勿論大反対でしたが何とか説得して、それ以外はすったもんだは無く円満退職。

翌日からは薪ざっぽ背負って火をつけられたごとく、出版社廻りの日々明け暮れでした。

上の絵は二作目、フリーランスになった記念すべき第一作目作品です。

2012年02月01日

(88)  家畜輸送車

pigdining1.jpg

(続き)証券会社の前の青春時代は、お茶の水の三省堂でアルバイトを約3年していたし、画学生時代もお茶の水の学校だったので、神田の古本街はマイホーム・タウンのようなもの。

試作品を抱えるとこの街に自然と足が向いていました。

最初に作品を持ち込んだは集英社。週刊プレイボーイ編集部が会ってくれることになりました。

編集部の(後々私をバックアップしてくれた大恩人の)山田和夫さんに見てもらうと、一枚漫画ではそれほど需要がないが、ファッション系イラストなら仕事があるとのこと。

とりあえず男性用の帽子をできるだけ種類を描いて、再度会ってもらえることになりました。

2012年02月02日

(88)  企業広告の一枚漫画・・・3

anagolf1.jpg

(続き)私には畑違いのファッションイラストは、編集部ではどのくらいの画力かを見るためのものだったようで、当時色鉛筆で彩色も物珍しかったのか小さなカットでしたが即注文があり、その後も週間プレイボーイ誌に車や地図、説明画など畑違いの分野も厭わず描きまくり、後年雑食性イラストレーターとしての基礎を鍛えてもらったものでした。

上の絵は最初のコンタクトの時に、博報堂に見本として持って行った習作の一部、ゴルフ狂のロッククライマーの一枚漫画がゴルフツアーのパンフレットとなって使って貰ったもの。

About 05) カーツーン

ブログ「つだかつみのユーモリスト日和」のカテゴリ「05) カーツーン」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリは04) それ行けラッキーです。

次のカテゴリは06) 3Dカーツーンです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35